オトのデザイン
“ジャケ篇”

オトのデザイン<br>“ジャケ篇”

音楽との関わり方、味わい方がずいぶんと変わってきて久しい。
音楽をデータで楽しむことが主流になり、カバーアートいわゆるジャケットの存在感は、もはや悲しいくらいに消えてしまいそうだ。

LPレコード全盛の時代、中高生だったわたしにはLPは何枚も買えるものではなく、貸しレコード屋や古レコード屋に足繁く通い品定めをしていた。ディスクユニオン、新星堂、ずいぶんと行っていないものだ。店では、年季の入ったお兄さんたちが、箱に入ったレコードをすごいスピードでパタパタとめくる様を横目で真似しつつ「ジャケ買い」の自主練をしていた。

思い出したのは、レコードがぴったり入るビニール袋は好きだったなあ。今でもあるのだろうか。タワレコやWAVEなんて憧れの袋で捨てれずに部屋で山積みになってたけど。今や袋さえ持参する時代になり、レコード屋さんはどうしているんだろう。極端な政策だなと思うよ。土に還るような袋の素材を開発するとか、何か他にやりようなありそうな気がする。味気のない社会に、どんどんなっている。

当時はレコードの聴き方も、まさにレコジャケを目で見ながら、耳では音を楽しんでいた。それは、脳内の稼働していない余白で想像力を活動させながら音を楽しむことができるイメージかな。MTV以降は、脳内余白が少なくなっている気がするのは、わたしだけか。

中でもキング・クリムゾンの「クリムゾン・キング宮殿」は度肝を抜かれるカバーアートだった。完全に音楽とジャケとの世界が完全に一致!というか、それ以上の相乗効果も確実に生まれていた。
一枚の絵としても相当インパクトはあるけど、このトリミングがスゴイ。ジャケットのフロントには文字は何も入っておらず、そしてイラストも裏面に続き、その裏切り加減。ついでに中を開くと、さらに気持ちが悪い!
自分の耳が別の次元にいってしまうような音。それは宇宙か細胞か、外へも中へも向かう。一枚の絵から聴こえ溢れるいろいろなストーリー。
この絵を描いたのは、Barry Godber(バリー・ゴッドバー)という人で、この絵を描いた後に24才で夭逝してしてしまったそうだ。他の作品はどんなものだったのか。

ちなみに、レコジャケの最初の衝撃は、小学生の時にレコード屋で遭遇した「AC/DCのギター殺人事件」だ。あれは子どもには刺激が強すぎて、なんだかホラーバンドのようでAC/DCは、相当後になるまで、なんだかトラウマで敬遠していて聴けなかった。なんであんなデザインにしたんだろう。今思うと邦題も余計によくなかった。

先日ラジオで桑田佳祐さんが「ビートルズには邦題が無いんだよ」と話していて、確かにそうだ!一方、ストーンズは「Goats Head Soup」が「山羊の頭のスープ」、「Some Girls」を「女たち」、「Tatoo You」が「刺青の男」などなど、本来の英語での韻とか語感がまったく無くなってしまう、まるで日本語ロックの王様(アーティスト名)を彷彿させるかのような直球邦題。この事実をミックは知っているのだろうか?

ストーンズのアートワークで結構好きだったのが「Still Life (American Concert 1981)」。ジャケットデザインは日本人画家、カズ・ヤマザキが担当したもので、ライブ会場のスタジアムにも巨大なイラストが配置されていい感じ。ミックのアメフトのパンツ?みたいな衣装もカッコよかった。キースもロニーもずっとくわえタバコのままで、時代を感じるなぁ。

この当時、ストーンズのコンサートの前座にプリンスが抜擢されたことがあり、見出したミック・ジャガーの先見の明に唸った記憶がある。がしかし、会場でのストーンズ・ファンには全然受けなくて、プリンスがショックでミネアポリスに帰ってしまい、ファンに対して「お前ら全然分かっていない!」とミックが激怒したとか言うエピソードを聞いたことがある。その根底には黒人音楽がルーツでリスペクトしていたり、常に新しいものを取り入れているミックならではと感じさせる。息の長いバンドは常にスタイルを更新している。探究心と好奇心がいつでもINGなんだろな。ミックは近年インスタやらもはじめていたりで貪欲だ。

まあ、デビュー当時のプリンスはかなりのキワモノでしたからね。フツーのアメリカ人には刺激が強いのは分からんでもない。アルバム「愛のペガサス」で全裸で白いペガサスに跨るプリンスを手にとったときは、しばらくレコード屋でフリーズするくらいの衝撃だったことを覚えている。プリンスのアルバムの中では、「Around The World In A Day」がジャケも音も合わせて好き。若い頃は、音楽をかけっぱなしで寝るのが習慣で、このアルバムを聞きながら寝ると、ラストソングの「Temptation」でよく金縛りみたいな感じになって起きるということが何度があった。あれは夢見が悪い曲だ。ああいったリフレインものは今でも苦手で体質に合わない。


それから、個人的に顔がドーンとあるジャケも好き。クリムゾンキングの宮殿もそうですね。オードリ・ヘップバーンの映画のサントラ「パリの恋人| FunnyFace」は、リチャード・アヴェドン撮影。マイルス・デイヴィスのTUTU。石岡瑛子ディレクションのアーヴィング・ペン撮影の強い一枚。タイトルも何も入っていないのが潔くてかっこいい。もちろん中身の音もたまらん。まさに、魂心の一枚というやつ。
ビョークはアラーキー撮影。テクノなビョークのロゴと合わせると不思議なミスマッチ感。ビョークという人は、これに限らず自分を素材にして、自分の可能性を飽くなく追求している人ですね。石岡瑛子に依頼したCocoonの世界観は、普通は笑ってしまうような際どい表現だけど、ビョークだからということで成立している。白鳥のドレスも志村けんにならずに着こなす?のはスゴイw。

その他、印象深いアルバム・デザインとしていくつか列記してみると、、

トム・ウェイツ、Swordfishtrombones。この不思議なタイトルとカバー写真。とても映画的で、トム・ウェイツがその後、映画に引っ張りだこになるのもよくわかる。タイトルはSwordfishとTromboneがアルファベットの絵本か何かの見開きページにあったのを見たとか、何かで読んだ記憶がある。トム・ウェイツ自体のポートレイトはどれも映画的というかストーリーを感じるものが多くて面白い。アントン・コービン撮影のものはまるで一枚の映画。コービンが撮ったマイルスは、ペンに負けず劣らずすばらしい。

あとは、一連のBLUENOTEはスゴかった。リード・マイルスのデザインによる縦横無尽に動き回るタイポグラフィや、強烈なメリハリのレイアウト。アート・ブレイキーやケニー・ドーハムの一連のアフロものが最高に好きだな。

ヒプノシスは、マグリットぽいところが好きなんだけども、改めて見るとシュールが強くて、ユーモアが足りないのかなぁ。ピンク・フロイドの牛や、空飛ぶ豚、好きだけど、ピンク・フロイドのロゴまわりのデザイン・アプローチにはあまり興味がわかなかった。

レコードからCDへの変移では、サイズは小さくなったものの、構造&見え方が立体的になり、そのプロダクト感を活かした新たなデザインのアプローチとして、プラスチックから成形したプロダクトデザインのようなものもあったり、それなりに面白かったが、現在のデータによる音楽配信になると、ジャケそのもののは印象はとても薄い。ジャケ買いという存在も無くなってるんではないのか!?

ついでにビートルズのアルバムでは、やっぱりサージェント・ペパーズがすきだな。サージェント・ペパーズのビジュアルは、キッチュな手作り感とごった煮で、曲も始めから終わりまでつながっている前衛的なアルバム内容と相乗効果をもたらすエポックなやつだと思う。

かつて、森高千里さんの「サファリ東京」というミュージック・ゲームのパッケージデザインで、サージェント・ペパーズにアンリ・ルソーの夢を注入してオマージュさせていただきました。撮影は三浦憲治さん。笛を持つ少女は知人のシャンティちゃん。CDパッケージがどこかにあるんだけど、見つからない、、(⊝.⊝)