熊谷守一と
クマガイモリカズ

熊谷守一と<br>クマガイモリカズ

どこの展覧会だったか、はたまた常設展示だったか、その時の記憶はもはやあいまいである。テンポよく、いつものように急ぎ足で作品群を見ていたその時、ふいに足がとまる。壁に、A4くらいの小さな絵が一枚。が、しかしその絵は空間に負けていない存在感。

それが「ありの絵」。

板のようなものに、厚塗りされた絵の具。ひとつひとつに魂がこもっているような線。ものすごい生命感を醸す。一見すると、単純なラインのようだが、アリには歯もあり、脚は関節まで表現されている。

その上、気になったのが「クマガイモリカズ」というサインの存在感。まるで絵の一部のようでいながらも、絵の具を削り描かれているので、さほど主張はしていない。そのいい塩梅。

熊谷守一のサインは、絵によってはさらにその一部となり《山ぶどを》や《ざくろ》では、まさに絵の空間の溶け込んでいる。絶筆の《アゲ羽蝶》では、約1/5はサインが画面を占めている。

山ぶどを|ざくろ|アゲ羽蝶

さかのぼって調べてみると厚塗り以前の油絵には普通に「熊谷守一」とサインを描いていたが、その後確立された厚塗りの画風では「クマガイモリカズ」とカタカナに変わっている。試行錯誤や苦悩や、それら長い時間をかけて画家クマガイモリカズへとなっていったのか。そんな簡単な人生ではないだろうが。

「漢字で『熊谷守一』と書くのは皆によくわかるからで、少し自分の気に入ったのは片仮名で、もう少し気にいるとサインはしないんです。」と熊谷守一・本人は語っていたらしいとのこと。

幼少期に見たあの「陽の死んだ日」の熊谷守一と、この達観したかなような厚塗りのクマガイモリカズが結びつくのは、幼少期からかなり経っての事(20年くらいか)で、あの絵とこの絵の作者が同じ人物!というのが驚きと共に、熊谷守一という人間の時の流れを通じ、人生の奥深さというものを感じたものだ。

サインに関しては、何もはいっていないのが一番カッコいい!と常々わたしも思っているのだが、サインそのものまで絵になっているモノは、それはそれで大好きだ。マティス然り、ピカソ然り。彼らはサインも絵になっている。優れたタイポグラファーでもある。
アリステッド・マイヨールの彫刻は昔から好きなのだが、最近大原美術館で改めてイル・ド・フランスを見た時に、マイヨールのサインがいい感じにデザインされているロゴというのを発見して、さらに好きになった。彼らには、とてつもなくデザインの能力も兼ね備えている。

matisse | Maillol

ついでに、創るモノのサイズ感に関して思うところは、大きいからといって必ずしも存在感が大きくなるわけではないということ。
過去MOTであったイサム・ノグチ展で、大空間の中にエナジー・ヴォイドが一つだけ展示されていたのが強く印象にのこっている。大空間に対しては、とても小さなそのサイズ、しかしながらその存在感は凄かった。見えない空間にも漂うナニモノカがありました。

縄文時代の土偶たちも、まさにあのヒューマンスケールなサイズ感に意味があると感じる。触ったり、握ったりした時に、いい塩梅で手に馴染む存在。後々の文明は、ほぼみな大きさを競い、必要以上に力を誇示をし、そして滅びていった。

話を熊谷守一に戻そう。

改めて想うと、クマガイモリカズに惹かれるのは、その小さな大きさというところ。

それから熊谷守一の「書」。サインに関しては「守一」と書いているのが多い。やはり、それぞれの特性を見て、サインを入れていたんじゃないだろうか。
タイポグラフィは、とてもおおらかで美しい文字だ。仙厓さんに通づるものがある。絵のような書という感じなのか。

まるで仏像そのものを思わせる「ほとけさま」の書。そして68才時の、しっかりとしてそれでいておおらかな「獨楽」。「獨楽」は96才の時にも書いていて、どちらもすばらしく好きだ。独りでもその楽しみを見いだせるといった事とコマのように穏やかだが、常に中心は回転しつづけている意味を併せ持つのだろうか。

ちなみに、熊谷守一家の表札は、何度も盗まれたらしい。書・タイポがよかったんだろう。がしかし、盗んだ人たちはその表札をいったいどうしたのだろう??家に飾っていたのか?果たしてそれはオークションに出るのか?出せるのか?
クマガイ家の黒猫と我が家のザクロ (㊀ö㊀)